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私は学生時代の4年間を賄い付きの6畳一間で過ごしました。生まれて初めての親元を離れた一人暮らし。しかも、入宿先のオジサンが頑固なうるさ型だったこともあり、当初は気苦労が絶えなかったのを覚えています。大学1年の時には第一次オイルショック、3年の時にはスト権交渉などがあり、一介の法学部生といえども、経済や社会のことを色々考えたものでした。本格的なクラブ活動などは行わず、勉強に打ち込んだ4年間でしたが、楽しみの一つとして帰省の都度、東北各地や日本全国を歩き回りました。友人と三陸海岸を1週間野宿の旅をしたり、東京までヒッチハイクで出掛けたのも、学生だからこそできた良い思い出です。

私は1982年から2004年までの22年間、NECグループの労働組合に属し、本社支部・本部の三役を務めました。特に最後の6年間は中央執行委員長として、就任直後に発覚した防衛庁事件への対応、それと相前後して取り組んだNECグループの経営革新(経営機構改革、事業構造改革、財務構造改革、費用構造(雇用処遇制度)改革の4点セット)に労組・従業員を代表する立場で関与しました。全くそれまでに経験のない修羅場の連続でいつも緊張した時間を過ごしましたが、大変貴重な経験をしました。
NECグループの存続と発展は、従業員の雇用と生活を守るために必要なことです。そのために労使ともにすべきこと、早急に手を打たなければならないことなど、重要な施策ばかりでした。真の事業構造改革には「事業の境界線の塗り替え」が必須ですので、企業の境界線を越える人の移動がたびたび発生し、痛みを伴う改革もしばしば起こりました。ただ単に経済合理的な施策であるというだけでは説明責任を果たしたとは言えず、労使間、執行部内、そしてNEC本体はもとより関係会社の従業員の方々とも、お互い本音で侃侃諤諤の議論を行い、密なコミュニケーションをとり続ける必要がありました。
マーケットが大きく早く変化していく中でNECグループの改革に終わりはありません。しかし、この間のさまざまな葛藤を通じて、組織が、人が変わりはじめたことは事実です。この「常に変化していく」ということは残すべき大切な事柄だと思っています。私は労組で、環境変化に適用できる組織と人だけが発展を享受できることを改めて学びました。俊敏に変化していくためには、信頼に裏打ちされた徹底的な論議と最後まで諦めない「志」が必要です。そう、やはり「組織は人」なのです。NECモバイリングに移ってからもこの考えには確信を持っており、今後も日頃からのコミュニケーションと人材育成、仕事と思索の「場」を大事にしていきたいと思っています。

NECモバイリングは今、大きな変化の時を迎えています。従来のソフトウェア開発、保守・サービス、販売を3本柱とした事業展開を改め、今後は「販売」と「保守・サービス」を専門とするモバイルソリューション企業となっていくためのスタートを切ったばかりです。目指すところは、「商社型モバイルマルチメディアカンパニー」。これまで培ったソリューションサービスとキャリアショップ経営での販売力・顧客接点力は、間違いなく当社の強みとできるところ。その強みを活かし組み合わせて、新しいビジネス、つまり独創的な「売る仕組み」を創造し、成功させることが業界で確固たる地位を築いていくために必要だと考えています。
ただ、この事業転換によって、社員に求める資質に変化があったか、というとそうでもありません。当社はあくまで、モバイルマルチメディアをリードし社会の発展に寄与できる会社であり、これからもそうあり続けます。また、設立以来、技術・市場の変化に対応し、常にビジネスモデルを変化させながら事業を展開して来ましたし、今後も刺激的な会社でありつづけようというスタンスを変えることはありません。今までもこれからも、当社が必要とする人材とは、変化を楽しみ、活かせる人なのです。
日本の携帯電話機市場も飽和しつつあり、新しいビジネスモデルをいかに構築していくかが、これまで以上に求められる時代であると言えます。しかし、さまざまなモバイル端末が次から次へと出現している中で、今後最も発展する可能性を秘めているのもまた、携帯電話です。だからこそ、既存の概念や仕組みにとらわれない、アイデア豊富な若い皆さんの活躍の場は大きく広がっていくと考えています。
「“ケータイ”を使って世の中を変えてやろう!」そういった夢や志、思いを持った方には、当社はリソースの提供を惜しみません。我々と共に、人々のライフスタイルを“ケータイ”を通じて豊かで生き生きとした社会の実現に挑戦しようではありませんか。


